2009年10月04日
ありがとう、杉山愛選手
一日一回クリックしてねん
杉山愛選手の最後の試合だった、東レPPOも幕を閉じました。
日本の、そして世界のテニス史に大きな1ページを刻んでくれた杉山愛選手。
実はPinkyがこうしてブログを書いているのも、杉山選手がいたからこそなんです。
まだ、tennis365のサイトが始まる前、杉山選手がダブルスでは既に世界ランク1位について活躍していたけど、シングルスで爆発した2003年のシーズンに、Pinkyはずっと彼女の成績と毎週発表になる最新のランキングを追うようになっていたの。
今、出場している大会で、どこまで勝ち上がると来週発表のランキングがどこまで上がる・・・とか。
するとそのサイトの掲示板が徐々に賑わい出し、なぜかランキング博士とか呼ばれて、質問等ももらうようになり、それに答えたりもしていたの。
そうこうしているうちに、ランキングの仕組みや、ツアーの仕組み、色んな選手の情報通になって行ってしまいました。
最初は週に1度、前の週に行っていた大会を総括した『ツアー・レポート』と言うものを書かせてもらい、そのレポートの最後に「Pinky's Remarks」として、Pinky個人の意見や情報を書くようになったの。
だから、こうしてこのブログを書いているのも、考えてみたら杉山愛選手がいたからこそなのです!
Pinkyが個人的に、杉山選手に対してとても印象に残っているのは、ブレークのきっかけと言っても過言ではない、2003年2月にアメリカはアリゾナ州で行われた「ステート・ファーム・クラシック(だったかな)」で、彼女が始めてティア2大会で優勝した試合です。
翌日のアメリカのメディアでは「杉山スラム」と言うタイトルで彼女の成績を称えてました。
その大会は悪天候でスケジュールが押してしまって、キム・クライシュテルスと組んだダブルスでも勝ち残っていた彼女は、シングルスもダブルスも、最終日に準決勝と決勝の4試合を行い、その全てに勝利して、ダブル優勝を果たしたのでした。
シングルスでは既にリンゼイ・ダベンポートを下すなど勢いを見せ、準決勝ではアレキサンドラ・スティーブンソンをフルセットで、決勝では当時絶好調だったキムをもフルセットで撃破しての優勝でした。
Pinky's Remarksとは切っても切れないのが杉山愛選手なのでした。













